和歌山市立 川永小学校

動物の命をかうということ

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第60回青少年読書感想文コンクール【県最優秀作品】
※2015年(平成27年)1月21日(水)毎日新聞より

動物の命をかうということ
和歌山市立川永小学校4年I.R

ぼくは、「犬たちをおくる日」という本を読みました。この本を選んだのは、この本の題名を見て、まず、ぼくの家にも犬がいるので「犬」という言葉が目に入ったことです。そして、副題の、「この命、灰になるために生まれてきたんじゃない」という言葉がどうしても気になり、その上、表紙写真の犬の顔に目をうばわれたからです。
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この本は、動物あいごセンターではたらく人たちが主人公の物語です。このあいごセンターには命を助けたくてじゅう医しになったのに、命をころさないといけないというところに、大きなむじゅんを感じている人や、小さいころから犬が大好きで、だからこそどんな思いをしてでも、犬たちの最後を自分が見とどけると決めている人などがいます。そして、このあいごセンターの人たちは、人間の身勝手な理由によってすてられた犬やねこをさつしょ分するだけではなく、しつけやかい主のせきにんを教えたりするここともします。
ぼくが、この本を読んで、一番印象にのこったところは、あいごセンターの人がしょ分機とよばれている最後の部屋へ入っている犬たちに、ボタン一つで二さんかたんそを送り込んでころすというところです。このボタンをおすということには、とても勇気がいると書いていました。ぼくは、この部分を読んで、本当に勇気のいる行動だなと思いました。
なぜなら、もしぼくが、あいごセンターの人と同じような立場だったらと考えると、犬がかわいくて、かわいそうで、とてもころせないだろうと思うからです。しかし、あいごセンターにつれてこられた犬やねこすべてをかうことはとうてい無理なので、しかたなくころすことも大事なのかなと思いながらも、やはり仕方なくころす命など、あってはいけないと思う気持ちの方が強いです。ぼくみたいな気持ちの人が、一人でもふえれば、灰になる命はなくなるのでしょうか?
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ぼくはこの本から、一年間にたくさんの犬がさつしょ分されているということを知りました。そして、生まれつきバカな犬はいない、しつけをするのも、犬をりこうにするのも、すべては人間の役目であり、人間の身勝手な理由で失われる命など、一つもないということを学びました。動物をかうということは、同時に、動物の命をあずかるということだと感じました。ぼくは、かわいいからというだけで犬をかっていたけれど、これからは、どんな天こうの日でもさん歩につれて行ってあげて、うんちやおしっこの、後始末もいやがらないで自分でして、せい一ぱいかわいがって、ぼくのもとで最後をむかえられるように努力します。ぼくの家族になって幸せだったと思えるように。
(今西乃子「犬たちをおくる日 この命、灰になるために生まれてきたんじゃない」=金の星社)

≪喜びの声≫
最初に受賞を聞いた時は、おどろきと共にうれしさが込み上げてきました。そして、努力すれば結果がついてくるということを証明できたことは、ぼくにとって大きな自信となりました。

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