夏休みの本も返却したこの時期だから。
木曜日の午後、教員7名全員で図書室の本を台帳と照らし合わせ、調べました。
27冊が、行方不明という結果となりました。3時間ほど、調べました。
全てのことに通じますが、管理する事は、大変なことです。
自分の五感を通して、四季を感じることが大事です。
西脇幼稚園では、四季折々に、近くの公園に出かけています。降園の同じ場所で遊ぶことで、四季の変化を体全体で感じます。
花が沢山咲いている時期もあります。どんぐりがたくさん落ちている時期もあります。
きっと、子ども達は、四季のいろいろなことを体全体で感じてくれている事でしょう。
この日は、夏を感じる、お散歩会です。
しかしながら、9月6日と言うことで、熱中症が気になる所です。子ども達は、水筒を持ち、15分ごとに、休憩しながら移動しました。また、目的地には、ジュースと緊急用のタオル・ポカリスエットの入った保存バックを園長が車で運んでおきました。
子ども達は、無事園に帰ってきました。
「こんなのあったよ」と、袋の中を見せてくれる子もいました。
子ども達は、今日ひろったものを使って何か遊びに使うようです。楽しみにしたいと思います。
2学期のスタートに当たり、職員会議で、園長から全体に、日々の取組をもう一度確認しました。
①危機管理
幼稚園は、安全・安心の場である必要がある。
・「知らなかった」ではすまされない。
・「しなかった」は、通用しない。
食物アレルギーの子ども達もふくめ、子ども達の命を預かる仕事であるという意識の再確認をしながら、管理と経営にあたる。
②掃除
子ども達の身辺自立に関わり、自分の生活しているところは、きれいにする習慣をつける。その為に、給食後は、必ず掃除の時間を設ける。また、雑巾を持ち、拭き掃除も必ずする。
※子ども達に、完璧な掃除をもとめるということではない。自分たちの生活している場を自分たちで掃除をして、「きれいになって気持ちいいね」という、自立への筋道をつけるということである。放課後に、毎日教師は必ず、教室・トイレ掃除など、園の掃除をしている。
③本との出会い(読書の時間)
各クラスで、週に一回、20分~30分間は、図書室での保育をする。
図書室での時間の使い方は、300冊ある「かみしばい」を読むのもよし、「読み聞かせ」もよし。発達段階に応じて、担任の裁量で時間を過ごす。
物的距離が、心的距離となるので、図書室での本に囲まれた時間を確保することが、将来にわたって本を第二の友達とする子どもが増えるだろうという願い・意図をこめての保育時間の確保である。なので、無理やり本に個人で向かう時間にするということではない。
本好きの子供を作るという願いを、日々の教育実践に落とし込んでいく、週に一度の図書室での保育時間確保である。
図書室を利用する時間も回数も、多くてもかまわないというのは、もちろんである。
④終わりの会で、毎日必ず「嬉しかったこと見つけ」の発表の時間確保。
子ども達に「嬉しかったこと見つけ」をしようと提案している。子ども達の日々の活動とするためには、見つけたことを伝えたり、発表したりする時間を確保することが、最低条件となる。園全体で、取り組み、園全体が「うれしかったこと」を見つける子ども達でいっぱいにするために、終わりの会での時間保証をしようということである。
しかしながら、子ども達は、まったなしである。その瞬間にうれしいと思ったことを、その場で聞いてあげる教師の姿勢が大事である。終わりの会で時間保証をしたから、他の場面では聞かないというのはナンセンス。日々の活動の中でこそ、「見つけたこと」を発表し、友達と分かち合うことが、集団の活動や生活の質を高めることとなる。
さらに、教師自身も「うれしかったこと」を子どもの前で発表してほしいと注文をつけている。先生が、しっかりと、プラス思考で子ども達に向き合っていてこそ、子ども達も良いこと見つけが上手な子どもになるのである。
各クラスとも、幼稚園全体が、嬉しかったことが一杯発見できる人であふれるようにとの意図での日々の教育実践である。
⑤当たり前のくせ。当たり前をよりレベルの高い当たり前に。
朝の「おはようございます」のあいさつは、当たり前。園庭から部屋に帰ってきたら、手洗いうがいが当たり前。トイレのスリッパを揃えて出てくるのは当たり前。のように、当たり前がしつかり癖としてできるようにする。
「今日だけ特別良いことにしよう」など、特別ルールは、学級崩壊の入り口(例えば、「今日は雨だから、教室の中で縄跳びしても良いこととします」等)。
当たり前のことは、当たり前。これが大事。
しかし、一学期の当たり前と、二学期の当たり前、三学期の当たり前が同じではダメ。一学期はそれが難しかったけど、二学期になれば当たり前になったね。というように、「当たり前のレベル」が上がっていく指導をする。
例えば、朝ピアノを弾いても、周りに集まってこなかったり、歌声が響かなかったけど、サッと周りに集まって、歌声が大きく響くようになった等である。
当たり前とするためには、「そうしたい」という教師の先を見る力(見通し力)が必要。そして、そうしたいという方向のことの姿が子どもに出た時に、しっかりと認めていく。「そのようにしなさい」とパワハラをするのでなく、そのより良い姿が見せた時に「喜び認める」のである。
ひまわりの花を育てることをイメージすめばよくわかります。まだ、花が咲かない早い段階で、「花を咲かせよ」と、言っても無理があります。そうでなく、茎が長くなれば、添え木をする必要があれば、添え木をする。つぼみが出たら、それを大事にする。肥料をやれば大きく咲くようにもなるでしょう。
人の育ちも同じ。未来をイメージして、その方向に変化があれば、そのことを大事にする。教師の視点がそこにあることが大事です。
ずっと以前、先生が「いっぱい食べられたね」とあまりにも、言うので、普段食べられない子かなあと思ったのですが、そんなことではありませんでした。子どもとしては、そこをしげきされたら、次回も、良く食べるとほめられるとインプットされます。教師の視点が大事です。伸ばしたいところ、育てたい所に視点を当てて、日々認めていく。それが個の価値観にもつながり、学級集団の価値意識にもなっていきます。
学期はじめとして、そのような、よりよい当たり前を生み出す、教師の先を見通した学級経営をお願いしたい。
二学期の終わりに、「当たり前」が変化したという報告を聞かせて頂くとありがたい。
・・・・・・・・
のような話をしました。
9月5日臨時休園
本来は、メールでの一斉送信でお知らせするのですが、4日は午後から園が停電で、パソコンが使えない状態でした。教育委員会から臨時休園のお知らせが来たのが、19時。それから、担任の方で、全家庭に電話連絡をさせてもらいました。21時には、全クラスで連絡が取れたとのことの報告(海外であったり、2県は、とれず、朝に電話するお宅も)を受けました。また、本日、5日8時に、再度とはなりますが、ぐるりんメールで、全家庭に臨時休園ということのメールを流しました。
電話連絡の際に、イオンに避難している家庭もありました。水道がでないという家庭も数件ありました。カーポートの屋根が飛んでと言うのも、何軒か。
職員の方の家にも、カーポートが壊れたりと、いろいろとありました。
新聞等では、本当に大変な被害が報道されています。そこまではいかないまでも、各家でたいへんな様子です。
お怪我のないように。また、これ以上被害が拡大しませんように。
※「私で良ければ、ようちえんの台風の後始末のお掃除、お手伝い行かせてもらいますよ」
やさしい一報を下さった方もいます。お心だけ頂戴いたしました。有難うございます。
園では、職員で、木々の散乱しているのを清掃し、明日、子ども達をいつもどおりに迎えられるよう、作業しています。
・・・・・
9月4日のこと
9月3日、13時過ぎに、教育委員会から、市内一斉「臨時休園」の知らせが入りました。
今回大変、素早い判断です。JRも10時から運休が決まっている等の情報もあり、はっきりしていることであれば、決定は早い方が良いということであろうと思いました。
早速、13時半「園児一斉メール」でお知らせしました。3日、17時時点で、外国旅行中等々の諸事情で見ることができない状況にある方が数名が「未開封」でした。
今年の前回台風で、職員の出勤が難しい人もいました。家から出ても、途中の道が通行止めなどで、う回路をさがしながらの出勤であったり、近くまで来ても諦めて家に戻ったりと、出勤が大変困難な人もいました。なので今回は、その先生方は夏季休暇と言うこと事前に所得していただき、当日出勤するために右往左往しないように段取りしました。