<5.またじろ物語> | |||
どんとむかし。 和歌山城下に珊瑚寺(さんごじ)というお寺があった。 このお寺に、致死取った和尚さんと、小僧の珍念が住んでいたんやが、実はな、本堂の下にもう一人住人がいたんやいしょ。 いやいや、住人ちゅうたら聞こえはええんやけど、ほんまのこというたら、一匹のタヌキやして。 このタヌキ、長いこと本堂の下を住み家にしとったんやが、中々人なつこうてな、珊瑚寺にお参りする人たちにも可愛がられていたそうな。 そいで、いつの間にやら“またじろ”という名前で呼ばれるようになって、まあ和尚さんらと三人で、いや二人一匹で、仲ように暮らしてたんやと。 ある日のことや。 もうお彼岸も近づいてきたよってに、珍念さんは、ごうせに(一生懸命)掃除してたら、玄関の方で 「ごめんやす、珊瑚寺さんはこちらですか」 と、聞きなれん声がするんやいしょ。 ほいで珍念さんが 「ハ-イ」 と、答えて玄関の方へ回ってみると、反物を背負った一人の男が立っていた。 「私は京の呉服屋どす。先ごろご注文いただいた産着を持ってさんじました」 と、いうんやして。 珍念さんは、びっくりして 「アレ、おもしゃい(不思議や)な、うちは、和尚さんと私の二人暮しや、産着など注文するはずないんやけど……」 と、答えますと、呉服屋さんは、 「いいえ、女の方が店のほうへお出でになり、確かに和歌山の珊瑚寺から来たといわはりましたんや」 と、自信ありげに言い張るんやいしょ。 二人で玄関で押し問答をしていると、そこへ和尚さんが出てきました。かくかくしかじかと訳を聞きますと、和尚さんもびっくりして、 「こりゃまた不思議な話を聞くもんや。わしには嫁はんもいてへんし、産着など要るはずもないわな。くわしゅう話聞きましょ。こちらへおあがりなされ」 と、言うて、奥の座敷へ通し、いろいろと注文を受けたときの様子などを尋ねてみたんやけど、どうもふにおちん(納得いかない) そうこうするうちに、和尚さんの頭の中に、フッとひらめくもんがあったんやな。 ほいで、 「まあともかく、この寺の名前で注文したとあっては、放っておくわけにもいきますまい。産着の代金はお支払いしておきましょ」 といって、呉服屋さんに金を渡していんでもうたんや。 その和尚の頭にひらめいたのは、外でもない、あのタヌキの“またじろ”は、実はメスダヌキで、このごろそのお腹が大きいことから、近々にかわいいタヌキの赤ちゃんが生まれるやろ……と、和尚さんも楽しみにしてたんよう。 ひょっと珍念でもいたずらしては…と内緒にしてたんやけど、こうなってみると、どうやら“またじろ”が怪しい…と気付いたわけや。 「どれどれ、一つわしの目で確かめておこうかの」 そういいながら、和尚さんはゴソゴソと本堂の床下へもぐってみたら、これはどうじゃ。いつの間に生まれたものやら、かわいいタヌキの赤ちゃんが、あの産着に包まれてスヤスヤと寝てらいしょ。 和尚さんは、思わずニコニコしかけたんやが、あわててこわい顔をすると、姿の見えぬまたじろに云うて聞かせるように 「どうやら、これからの床下は冷え込みがきついんで、赤ちゃん可愛さに、ウソをついて産着を注文したんじゃろ。 しかし、ウソをつくことは、一番悪いことじゃ。こんなことで、二度とお寺に迷惑をかけてもろうたらどむならん。 ま、今回は大目に見てやるけど、こんどやったら、お寺から出て行ってもらうで…」 と、言い残してきたんやと。 そのあくる日のことや。 和尚さんは、なんとなく“またじろ”のことが気になり、本堂の床下へもぐりこんでいったんやして。 すると、またじろの巣はキチンと片付けられていて、赤ちゃんダヌキもみえなくなっているんやいしょ。 またじろは、きっと和尚さんの独り言を、どこかで聞いていたんやろかい。 和尚さんは、 「やれやれ、わしのぐちごとをどっかで聞いたとみえるわ。それにしても、一度だけは許してやるちゅうたのに、あのまたじろのやつ、気の弱いやっちゃなあ。どうもかわいそうなことをしてしもたわい。」 と、つぶやきながら、仏さんの前へ座ってモグモグとお経を唱えはじめたそうな。 それからい中年ほどたった、やはり秋のお彼岸の近づいた朝のこと 珍念が門を開けると、そこには山の果物や松茸などが、どっさり置かれてあるんやいしょ。 「和尚さ-ん、和尚さ-ん」 珍念が呼び立てるんで、和尚さんも山門のところまで出ていってみると、見たこともないよな、山の幸がうず高くにつまれてらして。 「ふ-む、いったい、誰がお持ちくだされたのやら」 と、首をかしげていたら、珍念がスットンキョウな声で 「アッ、わかったぞ、和尚さん!これ、きっとまたじろのやつが持ってきてくれたんじょ」と叫びだしたんや。和尚さんも、心の中でそう考えていたとこやった。そいで、 「タヌキといえども、恩を忘れずになあ…」 と答えると、早速、仏さんにお供えしたんやと。 それからあと、珍念も時々は本堂の床下を除いてミルンやけど、もうまたじろは、二度と戻ってこなんだんやと。 和歌山むかしむかし より |