和歌山市立 広瀬小学校

広瀬の昔話

<9.城のタヌキの腹つづみ>
 松吉と勇吉とは仲のよい友達である。
 去年の秋口から岡山町で大工をしている。
 仕事場でそろそろ昼になったので、新しく張った床板の上で弁当箱を開けた。
 若い二人の弁当箱は大きい。松吉が弁当箱のふたをとると白い飯の上に、大きな塩鮭がのっていた。
「そりゃそうと、タヌキ、鮭食うかの」
と、突然勇吉が言い出した。
 出し抜けに勇吉の口から飛び出した言葉にびっくりした松吉は、
「何や、急にみょうなこというて、この鮭のことか」
「いや、その鮭やない。お前も聞いているや炉、ほら、お城のた向きが、このごろ毎晩九時ごろになると、ポンポン腹たたくことよ。」
「その話やったら聞いた。あれほんまかな」
 松吉は、口を大きく開けて飯をほうばり、もぐもぐさせながら答えた。
 この頃、毎晩九時ごろになると、高石垣のあたりで、タヌキが腹をたたく音が聞こえる。といううわさが町にひろがっている。
 城内でその音を聞いた人の話では、<ポン>と聞こえたというのや、<ポコン、ぽコン>と、またある人は、<ぽチャン>と聞こえたということである。
 城内にはタヌキのほかにキツネもおり、夜は城内で住んでいる動物の天国である。
 町の人が夜、城内を歩いていると、目の前を走りぬける動物も多い。
「タヌキが鮭食うかどうか分からんが、城内は、昼間遊びに行ったもんが食い残しを置いてくるから、何でも食えるし餌にもこまらんやろ。」
「タヌキの腹つづみほんまやろか、どうな、今夜行ってみんか」
「うん、おもしゃいな、行くか」
「場所は確か、松の丸の高石垣の反対側って言ってたな」
 とうとう二人は、その晩タヌキの腹つづみが、本当かどうか確かめに行くことになった。
 その晩のことである。岡口門までくると勇吉は、
「今夜、やけに明るいと思ったら、月夜やな」
「月夜やったらタヌキ出てくるかの」
「そりゃ気づかいないわよ。タヌキも月夜の方が腹つづみ打ちやすいのと違うか」
 そんな話をしながら岡口門をくぐると、目の前の高石垣が月に照らされて、よく見えた。しかし、タヌキがいるという石垣の方は、暗くて何も見えなかった。それがかえってタヌキがいそうに見えた。
 向こうから小走りに来た男の人とすれちがった。
「今晩は、兄さん等遊びにいくんかい」
と、親しそうに話しかけてきた。
「いや、ちょっとタヌキさがしよ」
「へ―、タヌキてかい。タヌキつかまえてタヌキ汁にでもするんかい」
「いや、あそこでこのごろタヌキが腹をたたくていうんで、確かめにきたんや」
と、松吉が暗い石垣の方を指さした。
「ほんまかい、そんなんやったらここ通れへんのに」
と、足早に岡口門の方へ歩いて行った。
「ここやろ、なにも聞こえへんな」
「あんまり、はた(そば)へ寄ったらあかんな」
 ふたりは、少しかなれた木の陰から耳をすませた。
「ポコン」鳴った。
「おい、聞こえたか」
「聞こえた、聞こえた」
 音は、しばらくしてまた鳴った。
 ポン、ポンという音は、規則正しく聞こえてくる。
「どうや、思い切ってはた(そば)まで行ってみんか」
「うん」
 身体の大きな二人は、熊が歩くようにのっそりと音のするほうにはっていった。
 音は堀の石垣の間から出ているようである。
「あそこから聞こえるで、石垣の中に巣があるんやろ」
「ああ、そうやな、いぶり出したらわかるやろ」
 勇吉は、物騒なことを言い出した。
 ポコン、ポコンという音は小さくなり、鳴る間隔も長くなって、やがて止まってしまった。 
「しもた、見つかってしもたかな」
「う―んそうかもな、しょうがない帰るか、まあ、聞こえたことは確かやし」
 二人は、それをしおに帰ることにした。
 翌日のことである。
 朝、仕事場で顔を会わすなり松吉は、
「わし、夕べいんで(帰って)から考えたんやけど。タヌキのやつ、ほんまにうまいこと腹たたくもんやな」
「ほんまにな、どや、昼休み、タヌキの巣見に行けへんか」
 幸い仕事場は城内に近い岡山町であった。二人は、昼休みになると、夕べの石垣のところへ行った。
 ゆうべは、確かに石垣の間からポコポコと聞こえた。
 その石垣には、夕べは暗くてよくわからなかったが、石垣の隙間から水が一本の筋になって堀に落ちていた。
 その落ちる途中の石垣に、古びたトタン板が刺さっていた。
 何のことはなかった。タヌキの腹つづみの正体は、トタン板に当たった水の音であったのである。
 それを見つけた二人は、あることを約束した。
 それは、タヌキがお城の中で毎晩、腹つづみを打っていることを信じている人らに、本当のことを言うまい。と

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