<10.城下町の狐> | |||
明治の初めの話である。お城のまわりを「よなきう-どん」と、呼びながら、屋台をひいてまわっている、ゆうさんという男がいた。 それは、ぴゅうぴゅう北風の吹く寒い晩のことであった。 お城の上に月が凍ったようにはりついていて、大分夜も更けたのに、今夜の限って一人もお客がなかった。 「夜なきう-どん」と呼ぶ声も闇に消されて、白い息になった。 ゆうさんは、手をこすりながら三年坂を下り、広瀬から雑賀道を通って、海草橋のたもとで屋台を止めた。 いつもは海草橋を渡って、仕事の帰りに寄ってくれる竹やんを心待ちしていた。 しばらくすると案の定「めっぽう寒いのう」と竹やんが声をかけてくれた。 「いつもの二杯かい」 というと、 「今夜は、うどんの競争しょうら」 という。 「お前さんがうどん作るのと、わいが食べるのと、どっちが早いか競争や、わいが勝ったらうどん代は、ただや。お前さんが勝ったらわいの食った分払う。」 「そりゃ面白い、今夜はひまや」 と、うどんの競争が始まった。 ヨ-イ、ドンの合図で、ゆうさんは負けてはなるものか。と、シャシャと、うどん玉を湯の中でさばいて鉢にうつし、ダシを入れアゲをのせて出すと、相手の竹やんはもうぺロリと平らげて待っている。 こりゃ負ける。と思って馬力をかけたが、相手の竹やんは、ツルツル、シャッシャッ、 ツルツル、シャッシャッ…………と。 お互い競争しあったが、結局十八杯食べて竹やんが勝った。 「すまんのう、わいの勝ちや」 そういって竹やんは立ち去った。 競争に負けたゆうさんは、今日はさっぱりや、そう思いながら、屋台にひじを突いてぼんやりしていると、 「いつもの一杯」 と、また、竹やんが飛び込んできた。 「さっき十八杯も食べたのになあ」とびっくりして聞くと。 「あほ言うな、夜なべでおそうなって、今や」 「そんなはずない」と、さっきの話をすると、 「そりゃ、狐にだまされたんや」ということになった。 えーい、いまいましい。と、思ったが後のまつりであった。 「お前がぼやっとしてるからや」 と、言いながら、竹やんはうどんを食べおわると、銭を払って帰ってしまった。 「今夜は、ほんまにおかしな晩やな」 と、つぶやきながら、売り上げを入れた腹かけの銭を出して勘定しようと思ったら、銀杏(イチョウ)の葉が二枚入っているだけであった。 さては、今のも狐。 ゆうさんは、イチョウの葉っぱを地面にたたきつけたが、ヒラヒラと舞って闇に消えた。 遠くで狐がコ-ンコ-ンと鳴いていた。 |