和歌山市立 広瀬小学校

広瀬の昔話

<3.えんど田んぼのキツネ>
 むかし、
 広瀬の奥山と車坂や原見坂の裏山には、キツネやタヌキが何匹も住んでいた。
 それは、<キツネは車坂にあるお稲荷さんのお使い>だ。ということから、キツネがいたずらしても大目にみてもらっていたので、というわけがある。
 タヌキは、城山をねぐらにしていたので、町の人はあまりタヌキを見かけることがなかった。
 キツネは、年がたつにつれてだんだん増え、巣は山だけでなく、お寺や、町の家の床下に住み家をつくるものも出てきた。若いキツネは、田んぼに積んでいるわらの山を、仮の住み家にするものもあった。
 えんど田んぼのキツネもそんな一匹であった。
 「「えんど」」漢字で書くと「塩道」と書く。もっと昔は「円豆」と書いた。
 えんどは、雑賀道を外れると、一面の田んぼで、その田んぼの間に、あちこち蓮池(はすいけ)があり、まん中に「えんど道」が南に通っていた。
 広瀬や北に住んでいる人は、この道を通らない南の吹上や高松の方へ行けないので、昼間は通行人も多かった。
 しかし、夜になるとなにしろ田んぼの中の細い道で、夏は、まだ夜でも人の行き来は多かったが、秋になりそろそろ寒くなると、田んぼから風が吹き、暗いさびしい道で、通る人は小走りに急いで歩いていった。
 こんな様子を、えんど田んぼのキツネは、自分のわら山の巣から長い顔を出して、人間がさびしそうに歩いていくのを毎晩見ていた。
 そうして人間が遠ざかると、道に出て長い鼻を突き出し、においを嗅ぐのである。
「う~ん、南の方に、イワシのにおいがするな。せっかく和歌浦辺りで買うて来たのに、さっき走っていった人間が落としていったんやな」
「こっちの方にサバのにおいがするな」
「今日はこれだけか、まあええか」
と、落ちていたイワシの干物をくわえて巣に運んだ。
 ある日のことである。
 キツネがいつものように長い顔を出して、人間がえんど道を歩いていくのを眺めていた。
 人間がえんど道を歩くと、向こうに上がった月の光で、人間が光ったり、黒くなったり見えた。
「「こんな晩は、飛び出していくと、人間に見つかり危ないな」
と、キツネは考えた。
 そのときである。プ?ンと好物の油揚げのにおいが鼻にはいった。
「どこからか?あっちや、本久寺の方から来る二人連れの大きな包みから、いいにおいが出ている」
 もともとキツネは鼻が効く上に、好物の油揚げのにおいである。
 大きな荷物を持って歩いてくるのは、よそいきの着物を着た女の人であった。
「今日の婚礼ほんまに立派やったの、それに、花嫁さん美しかったの」
と、話しながら歩いてくる。どうやらこのふたりは婚礼に呼ばれた帰りのようである。
 キツネは、うまそうな油揚げのにおいが、人間が近づくに連れて、だんだん強くなってきたので、思わず道に飛び出した。
 人間は、荷物を持つとき胸の前で抱えるくせがある。
 こんなときは後ろからびっくりさせないと、
「ああ、びっくりした」
といって、荷物を下の方にぶらさげない。
 今夜はどうかな。
と、様子を見てみると、なんと油揚げに匂いのする包みは、左手でぶらさげて歩いている。
「しめた、この様子だったらうまく取れるぞ」 キツネは、もう油揚げを食った後のようによだれをたらしながら、その包みにしがみついた。
「アレ、なんか知らんけど、いっぺんに重うなったよう!妙やよ」
と、キツネに飛びつかれた方の女の人が、一緒に歩いている人に言った。
「そりゃ、高松から持ってきたんでくたびれて重うなったのやろ」
「そうかの、それにしてもいっぺんに重うなったんやで」
と言って、左手で持っていた包みを右手に持ちかえようとした。
 今まで持っていた右手の包みを、左手に持ちかえようとして、包みを持ち上げた。
「あ、しもた」
 上がっていく包みにしがみついていたキツネも、いっしょに上がっていった。
「しもた、逃げなあかん」
 あわてたキツネが飛び降りようとしたところ、なんと後ろ足が包みの結び目に入ってしまい、逆さまの宙ぶらりんになってしまった。
「ああ重い」
といって持ち上げた包みの下に、ぶらさがっているものが見えた。
「ひえ!キツネ」
と、うわずった声で連れの人に言った。
「そんなものほっといて、早よ行こ」
 それを聞くと、女の人は、キツネがぶら下がっている包みを放り出して、走っていった。
 強く落とされた包みから、まだ足がはずれていなかったキツネは、頭からまさかさまに落ちて強く地面に当たったのか
「ギャッ」
と言うなり気絶してしまった。
 どれだけ時間がたったのだろうか、キツネは冷たい夜露のおかげで気がついた。気がついたキツネは、何が起こったのかしばらくは分からなかったが、足についている包みの中からでてくる稲荷ずしの油揚げのにおいから、さっき起こったことを思い出した。
 腰を強く打ったのか歩けない。油揚げどころではなかった。
 まだ、夜更けにはなっていない。これからも町で遊んできた人間がこの道を通る。何とかして早く巣に入らないとと這い出した。
 眼の前に見えているわら山は、ぼ~とかすんで見えた。
 這って巣に戻るキツネの足には、好物の入った包みもいっしょに這ってきた。

このページのトップに戻る