和歌山市立 広瀬小学校

広瀬の昔話

<12.天妃山の子タヌキ>
 昔、弁財天のお社の横の坂に、タヌキの親子が住んでいた。
 もともとは、岡山に住んでいたのが、いたずら好きの父タヌキが、ある日、侍の上役に化けて、片岡町を通っていた弱そうな侍に、「お前は誰か」と聞き、その侍に「あなた様はどなたで」と聞かれ、でたらめな返事をしてタヌキと見破られて、刀で斬られ大けがをした。
 そこで、母親タヌキはここへ連れてきて、弁天さんにけがをなおしてほしいとお願いしたのだと。
 それから、父タヌキは弁天さんにけがをなおしてもらったお礼に、社の番をすることにした。番をし始めた頃は、天妃山は、この山の上に登るとお城が見えるということから、「誰も上ってはいかん」という殿さんの命令で、誰も登れなかった。
 それで、親タヌキが、お社の番といっても、キツネやヘビを追っ払うことぐらいのことであった。
 やがて、明治の時代になった。
 この時代になると、誰でもこの山に登れるようになったので、大勢の人間たちが来るようになり、親タヌキの仕事は、キツネやヘビを追い払う外に、人間の子どもたちが、社を荒らしに来ると、おどかして追い払うことと忙しくなった。
 もともといたずら好きの父タヌキは、久しぶりに人間の姿を見たので、よし一つまた、人間をだましてやろうと思い、また、侍の姿に化けて、山を下りた。
 山を下りて谷町まで出てくると、道を通っている人を見ると、どうも前と様子が違う。
 しばらく道の端でたっていると、道を歩いている人間はみんな、父タヌキの方を見て、  
「まだあんな格好をしているものがいる。がんこな人やのう」と話しながら通って行くのである。
 なぜ、あんなことをいうのか合点がいかなかった父タヌキは、軒先に隠れて道を歩いている人間をよく見ると、誰も前のように刀を差していないし、頭の髪の毛は丁髷(ちょうまげ)でなく、ばさばさの髪である。
 また人間たちは「ごいしん(ご維新)」「ご維新」とか「文明開化」と言っている。
 そんな様子を見た父タヌキは、どうやら別の世界に化けそこなったと思い、早々に巣に戻った。
 巣に戻って
 「あのな、町のようすどうも違うで」と、谷町で見てきたことを母タヌキと子タヌキに話した。
 長い間、人に会わない山の中で暮らしていたタヌキ達は、世の中がすっかり変っていることを知らなかったのである。 親ゆずりのいたずら好きである子タヌキは、父タヌキの話を聞くと、どうしても町の様子を知りたくて、あくる朝、親タヌキが寝ているすきに、巣を抜け出して町へ出かけていった。
 子タヌキは、犬に会わない用に用心しながら谷町に来ると、なるほど父親の言うとおりである。
 子タヌキは、道を歩いている人間の子どもらが、同じような黒いふろしき包みを持って、
歩いていくのを見つけてその子どもと同じように化け、子どもたちの後ろについていった。
 人間の子どもたちは、中からがやがやと子どもたちの声が聞こえる大きな屋敷の中へ入っていった。
 子タヌキは、子どもといっしょに入っていく勇気がなかったので、その日は、そのまま帰ることにした。
 弁天山の巣に戻った子タヌキは、
「母さん、父さんのいったとおりやったよ。」
「おやまあ、お前一人で町へ行って」
 と、母タヌキはびっくりして父タヌキに、
「子の子というたら、一人で街へ行って、父さん、もう行かんように怒ってよ」
 と父タヌキに頼んだが、
 「少しは悪ささせんと、強いタヌキにならん」
 と、あまり強く叱らなかった。
 夜になって寝床に入った子タヌキは、昼間見た子どもらが、大勢いた屋敷のことが気になってなかなか寝付けなかった。
 朝になった。子タヌキは、夕べ寝床で考えたことをやってみようと、いつもより早く寝床から出た。
 朝が早かったので、まだ、人間は弁天さんにお参りに来ていなかった。
 子タヌキは弁天さんにお参りしてから池の飛び石で遊んだ。
 一時間ほど遊んでいると、人間がお参りに来たので急いで巣に戻り、朝飯のじ虫を食べた。
 食べ方が早かったので、なにかやるなと気付いた父タヌキは、
「今朝はえろう早いが、なんか悪さするんやろ」
「父さんに怒られるさかい、悪いことせえへんよ」
「ほんまか」
 子タヌキは、父に見抜かれたように思ったので、ちょっと悪いなと思ったが、やっぱり夕べ考えたことをすることにした。
 子タヌキは、巣を出て、三べんほど引っくり返ると、どうやら子どもの姿ができあがった。
「あ、しまった。名前考えるの忘れた。」
 子タヌキは、昔、父親がさむらいに化けて、でたらめな名を言って切り殺されかけたことを思い出したのである。
 よし今日は、もう一度様子を見てから名前を考えようと、谷町に出かけた。
 そうすると、昨日出会った子どもたちが、前を歩いていくのが見えた。
 その子どもについて、谷町から屋形を横切り、元町奉行町の方へ歩いていった。
 昨日は、人間の子どもについていくのに一生懸命だったので、屋形の通りを横切ったのが分からなかったが、屋形の通りを横切ると、すぐ昨日見た屋敷があった。
 子どもは、その屋敷の前で、友達にあったのか話をしている。
 タヌキの早耳で聞いてみると、
「後ろからついてきた個は、お前の友達か」
 と谷町から来た子に聞いている。
 これは危ないと、父に教えてもらった術で、姿をかくした。
「友達かと聞かれた男の子は、後ろを振り向いたが誰もいないので、
「お前変なこというな」
 とでも言っているようであった。
 子タヌキは、子どもたちが入った屋敷の軒先のすきまに隠れて、中の様子を見た。
中は広い部屋で、子どもたちは、木で作った台の前で行儀よく座っていた。
 子タヌキは、始めて見る大勢の子どもたちや、部屋の中の様子が珍しく、中の様子に気をと取られ、からだを出しすぎてもう少しで軒先から落ちるほどであった。
 子タヌキは、部屋の中の様子をもっとくわしく見たいと思って、部屋の天井裏に入った。
天井裏に入ると都合よく、天井板がずれてすきまができていた。
 そのすきまから下の様子を見ると、さっきまでいなかったのに、ひげを生やした人間の大人が、変な服を着て立っていて、手に持った棒を振り回している。
「ここは危ない所やな」
 と子タヌキは思った。
「ここは広瀬小学だ、お前たちはしっかり勉強するんだぞ」
 といって、さっきの人間の大人がどなっている。そのたびに子どもたちは声をそろえて
「ハイ」といっている。 
 勉強って何のことだろう。と考えたが子タヌキには分からなかった。
 天井裏から見ていると、人間の子どもには、みんな違う名前がついているらしい。
「そうや、名前考えておかんと」
と、子タヌキは自分の名前をなんにしようか考えたが、なかなかよい名がでてこなかった。
そうや、前でいばっている人間の名は「先生」というらしい。
 子タヌキは、自分の名を「先生」と決めた。
 なにやら嬉しくなって、早く山に戻り母タヌキに名を決めたことを知らせようと、また苦手の犬に会わないように気をつけて天妃山に帰った。
「母さん、名前決めたで」
「お前は、父さんが付けてくれた「「タヌ吉」」ていう名があるやないか、なぜ、変えたのや」
「うん、明日から広瀬小学へ行くんや」
 あくる日から、子タヌキは、自分も広瀬小学の生徒になったつもりで、毎日天井裏の自分だけの教室に通ったということだそうな。 *広瀬小学校が屋形町へ移転してから、学校行事が雨のために中止になることがあると、
 むかし、学校に住んでいたタヌキを誰かが殺した罰だ。という風評が立った。

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