<1.学校へ行った子タヌキ> | ||
明治のはじめのころのお話です。 弁財天のお社のうら、天妃山にタヌキの親子が住んでいました。 父タヌキは、お社のうらに住ましてもらっているお礼にと、お社の番をしていました。 ある日、天妃山に登ってくる人間をひさしぶりに見た父タヌキは、人間に化けてみたくなりました。お社の前で3回宙返りするとたちまちおさむらいさんの姿になりました。谷町の方に出かけると、どうも様子がおかしいのです。 「まだあんなかっこうをしている人いてる。」 「なんや、がんこな人やな。」 おさむらいに化けた父タヌキにはそんな話し声が聞こえてきました。そういえば、みんなの姿をみるとチョンマゲはないし、刀もさしていません。 「御維新ごいしん」とか「文明開化」とか言っているのも聞こえてきました。 おどろいた父タヌキは、あわてて家に帰ると 「あんな、ひさしぶりに町におりたんやけど、どうもおかしいんや。」 と、谷町であったことを母タヌキと子タヌキに話しました。実は長い間人間に会わなかったので、江戸時代から世の中がすっかり変わってしまったことを知らなかったのです。 いたずら好きの子タヌキは父タヌキの話を聞くと、どうしても町の様子が見たくなりました。あくる朝、みんなが寝ているすきに一人で町に出かけていきました。子タヌキは大きらいなイヌに会わないように道を歩いていると、黒いふろしきを持った子供たちが歩いているのを見つけました。さっそく横道に入って、 「えい。」と人間の子供に化けました。それから、子供たちのあとをついていくことにしました。しばらくすると子供たちはみんな大きなおやしきに入っていきました。もうこれ以上ついていく勇気のない子タヌキは、いそいで家に帰りました。 「お父ちゃんの言った通りや。なんかへんやで。」 「そやろ。お父ちゃんの言う通りやろ。」 「あんた。そんなとこへ一人で行ったらあかんやろ。」 母タヌキはびっくりして言いました。 「かめへん。そのくらいの悪さできやんかったら、一人前のタヌキになれやん。」 父タヌキにそう言われた子タヌキはうれしくなりました。 さっそく次の日も子タヌキは、あのおやしきに朝早く起きて出かけていきました。池の前で、 「えい。」と人間の子供に姿を変えました。 「ああ、しもた。昨日名前を考えるのを忘れてた。」 昨日会った子供たちはみんな名前をよびあっていたことを思い出したのです。子タヌキは、まあ様子を見てから考えようと気にせず町に向かって歩き始めました。子供たちを見つけると、さっそく後をついていきました。谷町から屋形通り、元町奉行町へと歩いていきました。子供たちはみんなやしきの中に入っていきました。子タヌキは、父タヌキに教えてもらった姿かくしの術を使いました。「3回まわってクルリン。」見事に姿をかくしました。子タヌキはおやしきの中にそっと入って様子を見ていました。子供たちはみんなぎょうぎよくすわっています。しばらくするとひげをはやして、黒い服を着た大人の人間が入ってきました。そして子供たちの前で棒をふりまわしはじめました。 「ここはあぶないところだ。」 子タヌキは少しこわくなりました。 「ええかみんな広瀬小学でしっかり勉強せいよ。」 大人の人間は、やけにいばっています。 子供たちは、 「はーい。」と声をそろえて返事をしています。 子供たちは、「せんせい、せんせい。」と言いながら手をあげています。 子タヌキは「そうか、大人の人間の名前がせんせいなんだ。」と思いました。 天妃山に帰った子タヌキは、 「お母ちゃん、ぼく名前決めたで。せんせいや。」と言いました。 「なに言うてんのや、お前にはタヌ吉ていう名前あるやないか。」父タヌキが言いました。 「わかった。家ではタヌ吉で、外ではせんせいタヌ吉や。」 「それから明日から広瀬小学に行く。」 あくる日から「せんせいタヌ吉」は広瀬小学へ出かけました。でもおやしきの中には入れないので、屋根うらから授業を一人でうけていたそうです。 |
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もしかすると今でもタヌ吉は広瀬小学校の屋上でみんなといっしょに勉強をしているかもしれませんね。 | ||
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