<6.屋形のイタチ> | |||
むかし、屋形の通りは、屋形川とさむらい屋敷にはさまれた道であった。 屋形川の土手には、土手がくずれないように松が植えられ、松並木になっていた。反対側には大きなさむらい屋敷が何軒も並んでいた。 イタチは、さむらい屋敷の入口にある長屋門の床下に住んでいた。 長屋門には門番や足軽の部屋があった。 イタチの住み家の上の部屋に、この屋敷の主人のお供をする足軽がおり、その足軽の名を安助といい、近頃ここに来たのであった。 安助が始めてここに来た夜のことであった。 イタチは、上の部屋に来た安助がどんな人間か見てやろうと思い、子どもを置いてひとつだけ開いている出口の向かった。 床下は真っ暗であるが、夜目のきくイタチには何の不自由もない。まるで昼間に表を歩くように、何本も立っている床下の柱を器用に走り抜けて出口のところまで来た。 ところが、いつも空いている出口が石でふさがれている。出口といっても、さしわたし(直径)5寸くらいの穴である。 穴がふさがれていると、外には出られない。いたちは困ったことになった。と思ったが、床下にすんでいるイタチの好物のねずみの同じだから、ニ・三日は餌には困らない。そのうちに出口をつくろうと、自分の住み家に戻った。 住処に戻ろうとして床下を歩いていると、頭の上からズ-ズ-、ザ-ザ-と大きな音が聞こえてきた。 イタチの子どもたちは、聞きなれない音におびえてキ-キ-とないて、親を呼んでいる。急いで住み家に戻ったイタチは、子どもを腹の下にかくして、イビキの音が聞こえないようにしてやった。 安助のイビキは、床がビリビリふるえるほどの大きないびきだった。 朝になった。 「おい、安助、お前のイビキ何とかならんか、この長屋は、ネズミの走り回る音だけでも閉口してるのに、その上お前のいびきでのう………」 「へい、すみまへん。どういうわけかくせで………」 「土壁ゆれてるで」 仲間にこういわれた安助は、悲しそうな顔をしてみんなに謝った。 それを床板のすきまから見ていたイタチは、安助の仲間が言うのも無理ないなと思った。こんなやりとりが4・5日続いたある夜のことであった。 イタチの住み家の上が急に明るくなり、アンドンの灯が見えた。 イタチは、思わず子どもをかかえこみ上を見た。明るくなった上から、ござと布団がドサッと落ちてきて、続いて安助が 「よいしょ」 と言って下りてきた。 床に下りるとき安助は、ゴッツンと頭を床板にぶっつけた。 「あ、痛い。ちょっと低いがここで寝たら、みんなに迷惑かけないやろう」 と、安助はござを敷き、その上に布団を広げて寝る用意をした。 安助の枕の横が、ちょうどイタチの住み家の入り口であった。 そんなことの知らない安助は、すぐに寝てしまった。 イタチは、これは困ったことになったな、子どもは寝付んし、イビキが大きいしなあ…。 あくる朝になった。 安助は、 「ああよう寝た。」 と、言いながら立ち上がった。横で見ていたイタチはハラハラしたが、うまく無事に床板と床板の間に立った。 「あそうか、夕べここで寝たんやな、ちょっとかび臭かったし、けものの臭いがしたが、まあしんぼうして、今夜もここで寝よか」 こう言ってうえに上がっていった。 「今晩も、これは大変、住み家を変えないとあかんな。それにしても出口の穴はふさがっているし、子連れだし」 と、イタチはその日一日別の住み家になる所を探したが、結局もとの住み家を使うこととした。 また、夜になった。 夕べと同じように安助は、床下に下りてきて寝床に入り寝込んでしまった。 安助は、昼間の仕事に疲れたのか、昨夜よりも大きなイビキをかいた。 イタチは、時々尻尾で安助の顔をなでてやると、そのときイビキは止まった。 「こんなことしてたら、自分が寝られないな」 と、イタチはほとほと困り、寝ている安助の顔を恨めしそうに見た。 朝になった。 「ゆうべ、ネズミのやつ、顔の上を走ったのか、時々目が覚めた。」 と、寝たままうでを大きく伸ばした。 伸ばした腕先の手が、いたちの住み家の穴の中に入ってしまった。突然入ってきた黒いものにびっくりして、子イタチはキ-キ-ないた。 その声にびっくりした安助は、ひろげていた手が握りこぶしになった。イタチの住み家の入り口は小さい。安助のこぶしは抜けない、あまり強く引っ張ったので、穴がくずれて中にいるイタチの親子が丸見えになった。 「ああ-びっくりした。何やネズミの穴か」 と、安助は、イタチの親子に気付かなかった。 安助は床下に寝るようになってから十日がたった。 こんどは、安助の部屋は安助が夜いないことをいいことにして、ネズミが部屋の中で騒ぐのでやかましくなった。 安助は、下で寝るとゆっくり寝られるが、上の食べ物はネズミにとられると、ほとほと困った様子である。 イタチは出口がふさがれてから、安助の部屋から出て行かせてもらうお礼に、ひとつネズミをとってやろうと、安助の部屋で騒いでいるネズミをとることにした。 イタチはネズミとりの名人である。たちまち安助の部屋のネズミがいなくなった。 「おや、急にネズミのやつ騒がなくなったなどうしてやろ」 安助は隣にいるイタチのおかげとは気づかなかった。 安助が床下で寝るようになってからひと月がたった。その頃になると子イタチは、独り立ちして床下には、イタチと安助だけになった。 そんな夜のことであった。寝込んだ安助の胸の上に、今まで見たこともない大きなヘビが、赤い舌をペロペロさせながら首に噛み付こうとしていた。 その音でおきたイタチは、これは大変とすぐに飛びつこうとしたが、もう間に合わない。 そこでイタチは、最後の手を使うことにした。 尻(しり)をヘビに向けて、勢いよくプ―とやった。 ヘビは棒立ちになったとたんにひっくり返り、死んでしまった。 安助は飛び起き 「ああくさ、イタチや」 と、着物についたにおいをいつまでもかいでいた。 イタチはあまり勢いよく屁を出したので、腰が抜けてすわりこんでいた。 やっとイタチを見つけた安助は、自分の足下に棒のようになって死んでいるヘビと見比べて、何か納得したようである。 「おい、イタチよ、おおきによ」 その夜安助は、お礼の食べ物をどっさり持って床下に下りてきて、 「これぐらいで悪いけど、まあ食べてくれ」 と、イタチの前に置いた。 イタチは、この安助は心やさしい人間で、悪いことをしない人間だと考え、安助にすりよっていった。 どういうわけかその晩は、安助は少しもイビキをかかなかった。 安助のイビキは治ってしまったのである。 安助は、イタチのおかげでイビキが治ったと信じた。 イビキをかかなくなった安助は、その後自分の部屋で寝るようになった。 その寝床の中には、イタチもいっしょに寝ていたといゆことである。 |