学校の概要

❐学校名 和歌山市立和佐小学校
   
❐住所 和歌山市禰宜949―2

❐郵便番号 649-6324

❐電話番号 073―477-0016

❐FAX番号 073―477-4311

❐URL http://www.wakayama-wky.ed.jp/wasa/

❐E-Mail  wasa@wakayama-wky.ed.jp 

❐教育目標

           心身ともに健康で、人間性豊かな
                実践力のある子どもを育てる 

❐具体的目標
  
  1.調和と統一のとれた魅力ある安定した学校づくりをめざす。
     ☆子どもが生きがいを感じる教育環境づくりをする。
     ☆子どもの思いを温かく共感的に受け止め、心の安定と信頼関係を築く。
     ☆命あるものに心を通わせ、より良い生活を築こうとする子どもを育成する。
  
  2.自己学習力を高める子どもの育成をめざす。
     ☆個がより生きる望ましい人間関係を育む学級、学習集団づくりをする。
     ☆児童一人ひとりをよく知り、生かし、見つめ直す取り組み推進する。
     ☆基礎基本を大事にした学習活動の充実を図る。

  3.地域に開かれた学校づくりをめざす 

❐教職員数・児童数(平成22年5月1日現在)
      教職員数  21人     
      児童数  380人

❐運営方針
 

❐研究主題

         子ども一人ひとりが主体的に取り組む学習活動
              ―自分の考えを持ち、豊かに表現できる子に―

❐学校行事と年間計画
 

❐日課表


❐学校沿革

 明治 7年 和佐村禰宜に遷喬小学校・関戸に精勤小学校を設ける
    12年 和佐村井の口に至誠小学校を設ける
    20年 遷喬小学校と至誠小学校を合して禰宜小学校
         精勤小学校を関戸尋常小学校とする
    27年 禰宜・関戸両校を合して和佐尋常小学校とする
    33年 尋常・高等科を併置し、和佐尋常高等小学校と改称する
 昭和 3年 現在地禰宜949―2に改築移転する
    16年 条例改正により和佐国民学校と改称する
    22年 学制改革により和佐小学校と改称する
    26年 開校50年事業として給食室を建設する
    28年 和佐幼稚園を併設する
    31年 和歌山市に編入し、和歌山市立和佐小学校と改称する
    46年 鉄筋校舎3階建てを建設する
    49年 屋内体育館を建設する
 平成 3年 総合遊具(肋木うん梯・ジャングルジム)を設置する
    12年 開校百周年記念式典を開催する
    13年 第一回地域文化祭を開催する
    15年 県下一斉学力診断テストを実施する
    16年 スクールカウンセラーが設置される
    18年 介護室を設置する 
    21年 耐震工事が終了する

❐学校区の状況


 和佐地区は紀ノ川左岸に拓けた平野部で、和歌山市の東部に位置する。南東には和佐山 (高積山・城ケ峰)が豊かな山並みをつくり、西に延びて風土記の丘、花山に連なる。北には清流紀ノ川があり、県下有数の穀倉地帯である。地区内を東西にJR和歌山線や県道和歌山打田線が通っている。また新県道の開通により、交通量が増加してきた。
地区の北部は、やや都市型傾向が強く、南部は稲作・柑橘や野菜の促成栽培などの兼業農家が多い。歴史も古く、史跡や史実も数多く残されている。

学校屋上より東方面を望む
学校屋上より西方面を望む
学校屋上より南方面を望む
学校屋上より北方面を望む
正門前には熊野詣のため、京都から熊野まで人々が歩いた熊野古道が通っている。
学校の周辺には多くの史跡があり、案内板が立っている。
【川端王子社跡】   熊野詣の途中人々が体を休め、旅の安全を祈った王子といわれる休憩所のひとつ。
【和佐王子社跡】   熊野詣の途中人々が体を休め、旅の安全を祈った王子といわれる休憩所のひとつ。
【歓喜寺】
熊野古道に隣接するため、鎌倉時代から南北朝時代にかけて、熊野詣の人々に便宜を図る目的で接待所なる施設を設けていた。
    
            開校100周年記念誌より
【和佐大八郎氏顕彰の碑】
貞亨3年(1686年)4月、京都三十三間堂において、大矢数に挑む事となり、星野勘左衛門(尾張藩)のもつ記録を大きく破り、大記録を樹立しました。この記録は今も破られておりません。時の藩主光貞公は殊の外お喜びになり、大矢数の功により三百石を賜ったとの事です。大八郎の使用した弓は、今も三十三間堂に大事に保管されている。

            開校100周年記念誌より
【和佐大八郎氏の墓】
矢田トンネルの北手前にある。
【松下幸之助氏生誕の地の碑】
【松下公園】
松下幸之助氏寄贈
【高積山 237m】
学校から高積山を望む。
【高積神社 下の宮】
【城ヶ峰 255m】
山頂より岩出方面を望む。
【旧中筋家住宅 国指定重要文化財】
中筋家は、天正13年(1585)に豊臣秀吉の根来攻めの兵火を逃れてこの地に住むようになった、「文貞坊」に始まると伝えられています。以来、代々明治時代に至るまで、大庄屋を務めました。屋敷は戦後に中筋氏に代わって楫本氏が住むようになり、昭和49年(1974)に主屋などが重要文化財に指定されました。保存修理事業は、平成12年2月に始まり、平成22年7月21日に旧中筋家住宅修理工事竣工式が行われました。そして、8月1日(日) より一般公開されています。

和歌山市教育委員会 パンフレットより


和佐地域の自然・史跡・草花など

紀伊山地の霊場と参詣道

熊野古道のすべて

❐開校100周年記念誌『わさ』 和佐地区の歴史探訪より








❐学校区図





 


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