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学校長 卒業式式辞
三カ年の蛍雪の功を積み、今ここに卒業証書を授与された234名の皆さん、卒業おめでとう。こころからお祝いいたします。(座って下さい)また、本日の卒業式にご臨席賜りご光彩を添えていただきました和歌山市教育委員会様はじめ、ご来賓の皆様に高いところからではございますが厚く御礼申し上げます。 保護者の皆様方、お子様のご卒業おめでとうございます。お子様の立派に成長された姿を前にして、今様々なご苦労が心に浮かんでいることと存じます。 卒業生の皆さん、今日この式が終わりお父さんやお母さんに会ったとき「ありがとう」の一言をお願いします。「這えば立て 立てば歩め の親心 わが身につもる 老いを忘れて」とよく申します。小さい頃から、君たちの成長を祈り見守り、支えてきたのは後ろに座っているお父さんやお母さんです。雨の日も、風の日も、暑い夏も、寒い冬も、君たちの笑顔を喜び、ふさぎ込んでいたら心を痛め、ひたすら君たちの成長を願いこの日を心待ちにしてきました。本当に心をこめて「ありがとう」をいってほしいと思います。 私は君たちとすてきな出会いをしてから早1年、若葉が美しい頃の校内陸上競技大会、真夏の中体連総合体育大会や、秋の修学旅行など大きな行事を共に過ごしてきました。 この中で、とりわけ私の記憶に深く刻まれているのは、文化祭合唱コンクールです。胸の奥深くから発せられたやわらかい歌声に時を忘れました。優秀賞を受けた学級の歓声が今でも耳に残っています。また、惜しくも届かなかったクラスの幾人かが椅子から立ち上がれず涙した光景も忘れられません。君たち3年生は、共に手を取り合い、心を一つにしてやれば、ここまでできるのだということを後輩達に素晴らしい手本として示したと思います。私は君たちと出会えて本当によかったと思っています。 さて、これから、新しい世界に旅立つ君たちに、私は最後のお話をしなければなりません。 まず、これからの人生で「しっかり学び、よく考えよ」ということをお話しします。孔子の論語に有名な「学びて思わざれば罔(くら)し 思いて学ばざれば殆(あやう)し」という教えがあります。「学ぶ」は本を読み、先生の話を聞いたりして勉強すること、「思う」は課題意識をもち自分で考えること、「罔し」は暗くてはっきりしない、「殆し」はあぶないの意味です。「本を読んだり、先生に教えてもらったりして学んでも、自分で考えなければだめだ、逆に自分で考えるだけで、学ばなければ独断になり危ない」ということです。しっかり物事を身につけるためには、学ぶことと、考えることのバランスが大事だという教えです。しっかり学びよく考えて、豊かな教養を身につけて欲しいと願っています。 次に、「学ぶこと」と「考えること」の基盤には、常に人に対する思いやりや、想像力がなくてはなりません。ナチスドイツにアドルフ・アイヒマンという優秀な将校がいました。彼はナチの幹部からどうすればユダヤ人を大量に殺戮することができるかの課題を与えられ、ガス室などで一番安上がりに人間を始末する方法を考え、あのようなホロコーストと言われる恐ろしい悲劇ができあがったそうです。戦後彼が裁判にかけられたとき、自分が注目されていることに首をひねり、上官の命令に従い与えられた課題に対して最も適切な答えを提出しただけだと答えたそうです。多くの人間の死を単なる統計上の数字であると答えた想像力の欠如を物語っていると思います。自分が何かの行為を行うとき常に、人々の暮らしを苦しみや悲しみに変えていないかに思い至る人であって下さい。 詩人吉野弘は「生命(いのち)は」という詩の中で、「いのちは自分だけで完結できないようにつくられているらしい。花もめしべとおしべがそろっているだけでは不十分で虫や風が訪れてめしべとおしべの仲立ちをする。いのちはその中に欠如を抱きそれを他者から満たしてもらうのだ。」そして「私もあるとき誰かのための虻だったろう。あなたもあるとき私のための風だったかもしれない」(新選 吉野弘詩集 思想社)と結んでいます。あなたの行為が少しでも人を笑顔に変えるものであってほしいと願います。 最後に自分を愛する心を持ち、育った地域に誇りを持って下さい。世の中はグローバル化し、あらゆる場所のあらゆる情報が瞬時に世界を駆けめぐる現代です。人々の交流も活発で、この中の何人かは東京やニューヨーク、またアフリカやイスラムの世界で活躍するかもしれません。しかし、自分が育ったこの場所や共に学んだ友達、日進中学校をいつまでも誇りに思ってほしい。遠い世界の端っこで「私の育った街にはこんなことがあり、人々はこんな暮らしをしています」と胸を張って言えれば素晴らしいじゃないですか。 みずみずしい感性を持ち希望にあふれた君たちの前途に幸多かれとお祈り式辞といたします。卒業おめでとう。 |